ー駐車場の「迷」看板ー【心臓内科医の脳トレ雑学:連載001】

2025/11/2 8:53
健康
ー駐車場の「迷」看板ー【心臓内科医の脳トレ雑学:連載001】

今秋、コンクリート打ちっぱなしの我が家は、築40年の節目を迎える。ドローンを飛ばして空撮すれば、モノトーンコーデを装う四角い2階建ての建物は、鬱蒼と生い茂る雑草や様々な彩色を施した木造住宅に囲まれており、ロケ撮影こそ来ないものの、住宅街の真っただ中にひっそりとむ「ポツンと一軒家」だ。

外観はそう変わらないが、私はというと歴年のコロナ自粛が祟り、足元が億却千万がる。今だば歩いでいげねぐなった。
1970年代に問題視された地球の温暖化は、もう完治が見込めない難病の域に達した。
秋田の地も、猛暑日や真冬日が延々と長引き、春の桜や秋の黄昏はあまりにも短命すぎる。初紅葉が散ったかと思うと、シベリア気団がEEZ海域を超え南下する。

あの懐かしいCM、オー!猛烈とスカートが捲れ上るどころでない。台風並みの突風が吹き荒れ、氷の粒まじりの豪雨や落雷に身震いする。今や、地球温暖化に伴う気候変動は、心臓病(※1)や生活習慣病と無縁ではない。
そんな中、街路樹の影に隠れてじっと息を潜めていた。突風にざわめく木々の隙間から、駐車場の看板が不憫な顔を覗かせる。
「月極」と「月決」がヒフティ・ヒフティに2極化し、東京/六本木ヒルズ周辺は「月極」一辺倒だ。ついに車社会も分断の道を歩むのか。そんな心配をよそに、妻は、どうでもいいことよ!誰も気にしないわ!と一笑に付すが、どういうわけか気になって仕方がなかった。

ネット検索で調べた限り、「漢字の読み方に規則性はなく、昔からの慣習」とする口頭伝承論いわゆる「口伝え」ではない。
衆目の一致するところ、江戸時代から昭和の大戦後まで、「極める」と書いて「きめる」と読んでいたという。このエピソードがヒントになり、古びた語源辞典を引くと、「極」は「き」とルビを振り、「決」には無い「約束」の意味をもたせている。ならば、取り決めや契約と解釈して、「月極駐車場」なる造語が誕生しても何ら不思議はない。

敗戦後の日本に乗り込んできた連合軍総司令部(GHQ)は、占領政策の一貫として、国語・国字改革を断行し、昭和26年に制定した当用漢字表では、「極める」を「きわめる」と読み替えている。それ以降、団塊世代を筆頭に、世代交代が加速して、「きょく」や「ごく」などの音読みも定着した感があった。

混乱を招いたのは、昭和50年代に登場した新常用漢字表だ。「極める」の文字は、元通り「きめる」とも読め!というのだ。
そのうえ、「決める」の欄にも約束という意味をつけ加えたのである。
「月極駐車場」はルーツで、首都圏から地方へ普及するにつれ慣例化した。思い起こせば、昭和38年の東京五輪の頃からだ。繁華街やビル街に隣接する駐車場は、バブル崩壊後も増加の一途を辿ってきたが、もはや過剰気味だ(※2)。
こうした背景には、駐車場を完備したマンションばかりかシャッター通りや空き家の顕在化が激しく、私有地を転用して、賃貸駐車場を乱立せしめたのも無理はない。

「月決」の由来は不明だが、国民の8割強を占める戦後の世代にとっては、「月極」を「月決」とするも「一か月毎の契約」に変わりないし、もう誤字とはいえまい。まるで夫婦の選択的別姓のようだ。
ひょっとしたら「月決」は、漢字の改訂に従わねばという心理が働いたのかもしれない。国民年金が目減りする現状において、相続税対策あるいは老後の生活費の足しにと、副収入が得られる駐車場の設置をなりふり構わずに急いだのであろう。今や、闇バイトや車上あらしが横行し、まさに盗人の種は尽きまじで危険満載だ。
ぶっちゃけた話、「月極」を「げつきょく」としか読めないか、それともアンコンシャス・バイアス(※3)が掛かってなのか、単純な書き間違いだったかは知る由もない。

コンクリート住宅は、元来、遮音性や気密性に富み、耳をつんざく雷鳴や雄物川から打ち上げる花火の轟音を遮る。耐震性は東日本大震災で実証済みだ。その反面、厳寒期が来ると、窓ガラスや天井から「すが漏り」が大発生し、結露や防寒対策に悪戦苦闘を強いる。大改造!!ビフォーアフターを地で行く覚悟をせよ。

築40年の間、コンクリート造りならではの広い居間や長い階段は、冬場のストレッチや筋トレにもってこいだったが、「時の過ぎ行くままにわが身を任せ」たせいか、頸椎と腰椎の脊柱管が狭まり、上肢のしびれや歩行困難を極めた。脊椎内視鏡手術を5回、さらにプレートやロッドをスクリューで固定して、永遠のテーマ「脱肥満」に挑戦する。
来る日も来る日も必死に歩くが、焦れば焦るほど、足が言うことをきかない。あれほど脂身を食らうな!と頷いたのに、今度は箸が言うことをきかない。体重計も頑固一徹、断じて、言いなりにならないのだ。
まったくもって、実に不可解な現象と言わなければなるまい。私は、風呂上がりの一刻、少しばかり食に於ける淫乱(太宰治)の世界に引きずり込まれるだけだ。
まだまだ若い70代。億劫だとか、そんな悠長なこと言っていられない。とてつもなく永い人生階段を踏み外すことなく、用心には用心を重ねて、歩き続けるほかないのだ。

こんなぁ苦労にケリ!つけるなら、はなから歩行訓練用にカスタマイズしたリハビリルームをレイアウトしておくのだった。
新居のコンセプトは、断然、コンクリート打ちっぱなし「平屋の一軒家」だ。

【著者プロフィール】
門脇謙(かどわき けん)
高知県南国市生まれ/中央大学附属高校卒、秋田大学医学部卒。
秋田大学第二内科入局にて助手、講師、臨床教授を務めたのち、秋田県成人病医療センター赴任。科長、部長、副センター長、センター長を務め、平成27年〜秋田県立脳血管研究センター循環器内科、社会保険診療報酬支払基金秋田審査委員会事務局 審査調整役に就任。


参考資料
※1
Effects of ambient temperature on myocardial infarction: a systematic review and meta-analysis. Environ.Pollut., 241,2018 

※2
秋田医報銷夏随想号No.1627

※3
駐車対策の現状、国土交通省都市課

【秋田医報 No.1632 令和7年1月】に掲載